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日出国プロジェクト(ひじこく-)とは、1つの架空国である日出国を描いた、地図・関連資料・計画やグッズの総称。

Ranoによって制作される。

概要

現実的な架空の世界「日出国」を、地図や紙媒体、ウェブなどの多数のメディア・創作物から多角的に表現する企画である。

本プロジェクトは、Rano制作の地図作品群としては初めてインターネット上で体系的な公開がなされた。

2013年に「Sim Country 日出国」と題してウェブでの公開が開始されたが、空想地図制作の総称としての名称は現在「日出国プロジェクト」又は「日出国」に落ち着いている。

描かれる地図は1:10,000の都市地図、及び1:400,000の広域地図の2種類で、都市地図については複数の街が並行して描かれるが、いずれの街も同じ日出国に存在しているという設定を取る。

その「日出国」に、地図を基本にWikipedia風記事(当サイトが該当する)、架空創作物(商業施設のフロアガイド、雑誌、交通系ICカード、実物ノベルティグッズなど、架空世界の様子が反映され且つ身の回りに存在する物が中心)で現実感を付加していくのが目的である。2015年1月現在ウェブサイト「ANOTHER CITIES」では多奈崎市を中心とした展開がされているが、2014年12月に制作が開始された久井市など多奈崎以外の都市についての取り扱いも検討中とされている。

中でも中心でありプラットフォームとなる架空地図は、なるべく現実の地図に寄せたフォーマットでの制作を心がけているとされる。これは「地図」を制作することが目的だからと言う訳ではなく、既視感の想起によるリアリティの増強、すなわち一般的には「実在する土地を表す」地図に似たものを制作することで、「地図そのもののリアリティ」によってより実在しているように感じさせる、というのが大きな目的である。

歴史

作品設定としての「日出」の歴史ではなく、この空想地図制作にあたる歴史である。

制作史

「日出国」プロジェクトは、前述の通りRano制作の地図、および関連作品群としては初めてインターネット上に公開されたものである。 本プロジェクト以前にも個人的な地図の制作はなされてきたが、いずれも個人的なもので終わるものが殆どであった。僅かながらネット上に公開された物もあるが、継続的な管理が及ばず現在ではいずれも放置されている。

なお以下では制作の段階で最初期から第4期まで分類しているが、これは本ページにおいて制作史を説明するにあたり便宜的に分けたものである。

制作最初期(2012年8月~2012年10月)

2012年8月下旬、制作者であるRano(以前はWikata→いばらのを名乗っていた)が、インターネット上に新たに空想地図を計画的に掲載することを決定。それまでにもいくつか空想地図のようなものは描いていたものの、いずれも単発のものであり、国単位で計画して描いて行くという方法はこの時初めて採られたものである。当時、九州への旅行を経験したばかりであり、それが新しい地図の制作に影響したと言われている。それまで制作してきた空想地図でも、複数都道府県に跨る制作がなされてきたことはあったが、国に関する設定は曖昧なものが多く、存在するテナントも実在するものと架空の物が混在したものであった。

「日出国」ではそれら曖昧さを取り払い、作れるものはすべて1から作るのコンセプトのもと国の名前からコンビニのテナント名まですべてを創作することとした。これにより少なくとも現実の地名やテナントと架空の物が入り乱れる、といった懸念は全て排することとなる。また「日出国」が、今まで制作してきた地図と異なりインターネット上に作品として公開するという要素があったことから、個人のさじ加減で許容してきた御都合主義(例えば前述の「現実と架空が入り乱れる」ような状態)が許されにくい状況になったことも大いに影響した。

同年9月、東日地方南部(多奈崎市とその周辺)から手書きによる広域的な下書きが開始された。当時手書き図の縮尺は30万分の1で、この縮尺に深い意味は無かった。この頃はまだ日出国の全体像についての設定はあやふやであり、いわば見切り発車を切った形である。またこの頃つけられた設定(地名や自治体境)はその後の設定見直しによって変更されたものが多く、中でも多奈崎市周辺には当初4つあった市が現在はすべて多奈崎市に統合されているほか、いくつかの自治体の名前が変更されている。

同年9月23日未明、下書き図はトレースされ、PC上でのトレース作業が開始された[1]。この頃はAdobePhotoshopElementsを使用したラスタデータでのトレースであった。このPC上での制作は中学校等で配布される地形図に似た形式のもので、都市名はあるものの市町村境は描かれていないものであった。9月23日未明には東日地方南部が完成し、twitterにて公開された。また同日午後にはトレースのやり直しが行われ、現在の大積県ほぼ全体を網羅したものが制作された。ただしこの頃大積県という名称は決定されていない。また現在同県の主要都市として名を連ねる月沼市に至っては登場すらしておらず、現在月沼市に該当する場所は主要幹線から離れた山奥の寒村とされていた。このように街道筋ごと設定が変更されたのは月沼市のこのケースが唯一である。

9月26日、大積県という名称が決定し地図上に登場する[2]。また同時に大積県の北に橋塚県という県が名前を表すが、その後長海県と橋塚県に分割され、橋塚県は荘賀県に名を改めることとなる。9月28日には大積県の全市町村の区分けが確定した。当時の大積県は11市29町1村を有していたが、平成の大合併(に相当する市町村削減策)が採られたにしては比重が不自然であるとの事からその後幾度となく変更が行われ、最終的に現在の形に落ち着いた。ちなみにこの区分け確定から現在まで市名・境界に一度も変更が加えられていないのは有賀市のみである。

9月30日には多奈崎市中心部の都市地図試作が始まる。これもPhotoshop Elementsで制作され、JPGイメージに変換したものがTwitterで公開された[3]。そして詳細都市地図を描くと共に店のテナント名などが必要となり、いくつかの百貨店・コンビニ・カフェの名前が考案された。この都市地図はほぼ全ての設定がお蔵入りとなったが、この頃に定められた「珠屋百貨店」と「キューブスクエア」は現在も設定として残っている。

制作第1期(2012年10月~同年12月、都市地図と大積県周辺の原型制作期)

区分け確定の後制作範囲は北上を続け、10月上旬には橋塚県(当時)の県都である酒島市へ到達する。一度酒島市とその周辺のみの地図が制作されたが、スケール感がまだ未熟であり不自然な点が多かったことから破棄され、その後当初から描いていた大積県の北への続きを延長する形で10月10日に酒島市の2度目の描画が行われた。その時は酒島市内の交通網やショッピングセンター、観光地の描写がなされているがそれらも設定見直しにより多くが現在没設定となっている。

10月12日には地図上に反映されない設定(市町村人口の一覧など)を纏めたExcelのファイルが初めて作成され、2015年5月ごろまでは加筆修正が続けられた。後述のデータ損失後は暫くそのようなファイルは存在していなかったが、2016年1月ごろからの東日地方再測量を機に再びファイルが作成されることとなった。

10月上旬は特に地図の制作が活発な時期であり、北上を続けると共に、それまで描いていた地形図風の地図ではなく市販の道路地図を模した形式の地図の試作もこの頃開始された。 10月7日には多奈崎市北部の広域地図がPhotoshopで制作され始める。「既製の地図の体裁をとり、少しでも現実にありそうな見た目に近づける」という方針はこの頃決定づけられた。

既製品を模した地図の試作がひと段落すると酒島都市圏の制作に重点が置かれ始め、10月13日には交通網をまとめた詳細な地図が完成する。しかしながらこの版においても制作後の加筆修正が繰り返し行われ、当初の設定が現在残っているのは酒島駅の場所が変わっていないだけである。また同日橋塚県(当時)の市町村区分けが確定する。これも設定の変更は行われたが、大積県ほど大胆な変更は行われておらず、特に県南部の区分けはほとんどが温存した。

翌日の10月14日には当Wikiに掲載するための基本情報が練られ、この日1日のみで暫定的な日出国国旗が制定された。しかしながらこれ以降正式に国旗が設定されたことは2017年8月現在ではなく、この暫定的な国旗が継続的に使用されてきた。またWikiの編集にあたり橋塚周辺の県名も定義されることとなった。

10月後半になると地図の新規制作も一段落つき、Wikiの編集が主だったものとなる。半月ほど新しい地図の制作は途絶え、10月31日に長海県全域の地図が制作される。 その後は都市地図の制作に主軸を置きはじめ、酒島市近郊の街である稲田野市を皮切りに、いくつかの街の詳細地図がPhotoshopで制作されることとなる。しかしながら、ラスタデータでは地図のような膨大なデータを取り扱うのにふさわしくないとの考えは既にこの頃からあり、ベクタデータへの移行を検討しながらラスタデータでの制作が続けられていた。

制作第2期(2012年12月~2013年9月、Inkscape導入後)

2012年12月、Ranoはフリーソフトでベクタデータの取り扱いが可能なInkscapeを導入し、ベクタデータ形式での地図の制作が開始されることとなる。2013年1月3日には酒島市街、同12日には作中に登場する別の都市である坂洗市中心部の制作が行われるも、Inkscapeの操作に不慣れだったことや詳細な都市の構造の未理解からいずれも完成を待たずに制作が中断されている。またこの頃はPhotoshopでの地図の制作も未だ行われている状況であった。2013年1月2日には日出国のウェブサイトが、日出国の設定が体系的に掲載される場として開設された。

2013年1月中旬以降は実際の街を視察することが多くなり、地図の制作スピードは比較的鈍化する。次に制作が本格化したのは同年4月下旬で、東日地方ではなく首都圏地方の描画が開始され、中でも「甫城市」の都市地図はラスタデータとしては初めてA3サイズ1枚分が書き上げられ、「完成」を迎えた。同図はウェブ上でPDFデータとして公開されることとなる。ただし、この頃描かれた首都圏地方の図は全国的な設定の見直しや、甫城市の地図データ破損により加筆編集が不可能になったことから設定としては全て破棄されてた。しかしながら甫城市都市地図制作の段階で制作された地図記号やコンビニのロゴは、修正が加えられながら現在に引き継がれている。また甫城市で蓄積したラスタデータでの都市地図制作のノウハウはその後制作される地図に大いに生かされているとされる。

甫城市が一応の完成を見せると2013年5月21日多奈崎市都市地図のリメイクが開始された。この図は現在でも編集が続いている地図データとしては最も古いものである。同図は1万分の1都市地図の体裁で、それまでラスタデータで制作していた多奈崎市都市地図とは全く関係ない白紙の状態から制作が開始された。それ以降日出国の制作はしばらく本地図の加筆修正のみとなり、2013年7月ごろまで継続的に更新されることとなる。

またベクタデータでの地図制作に慣れるという目的から東日地方の広域地図もベクタデータでリメイクがされ、日出国ウェブサイトでPDFデータで公開された。

2013年6月ごろからは地図だけでなくロゴ・デザインの制作もInkscapeで数多く行われるようになり、同時期には多くのロゴやショッピングビルのフロアガイド、さらにはラジオ番組表等非常に多くのものがInkscapeで制作され、デザインに関する試行錯誤が繰り返された。この頃Twitterでファッションブランド名の公募なども行い、複数人参加型という方向性が現れ始めた。またPhotoshop時代に制作された珠屋百貨店などいくつかのロゴもトレースされ、ラスタデータとして保存された。

このように精力的な活動がなされてきた一方、翌年3月にRanoは高校受験を控えており、これまで受験勉強と並行して制作がされてきたものの、受験まで半年を切り日出国制作から1年が経った9月下旬に一旦制作を休止した。また同時にネットでの活動休止も公言された。しかし実際にはその後も僅かな時間で細々と制作が行われ、インターネットでもtumblrのみ稼働させている状況が続いていた。

制作第3期(2013年11月~2014年4月、都市地図体裁の見直しと制作休止)

受験と並行した活動が続けられる中、2013年11月には酒島市を舞台とした新たな都市地図の製作に着手。この図では地図上に置かれる文字や記号のサイズが既製品の地図とほぼ同様の物に揃えられたほか、色についても見直しが行われ、より既製品に近いデザインでの制作が行われることとなる。同図は2014年3月ごろまで継続的に加筆修正が続けられた。

高校受験が終了すると日出国制作の頻度は再び上がり、また2014年3月16日には東京・台場で開催された空想地図をテーマにしたイベントへのゲスト参加や、架空地図学会への復帰などに伴い制作地図がより大勢の人の目に触れる事となり、更なるクオリティ向上が求められた。

そのような中、酒島市の加筆修正が行き詰まり、編集は再び多奈崎市の都市地図へ戻る事となる。3月21日、多奈崎市の地図データから文字・ロゴのデータを全て削除し、酒島市の地図に準拠したデザインに改められた。

しかしながら中学卒業以降、卒業旅行や高校準備等で多忙になり、また高校入学以降はRanoの周辺環境が大きく変化し、生活の主軸がほぼ高校に移ると共に日出国の制作は一時的ではあるが休止された。

制作第4期(2014年8月~2015年5月、再制作開始)

2014年8月、夏季休暇中の暇潰し、気分転換の目的から地図の制作が再開。またあるきっかけから本作が高校の同級生の目に触れ、徐々に日常生活と地図の制作が同化すると共に制作の頻度が再び上昇。日出国の更新が再び活発化することとなる。

同時期に日出全国の大まかな地図が制作され、東日地方からは離れた州東地方へ描画が進出。全国地図の制作により東日・北道・州東の3地方の名称が決定された。

しかしながら多奈崎市の編集が進むと共に、フロアガイド等地図以外の制作が本格化。日出国サイトも多奈崎市中心部の描写に絞ったものにシフトしていくこととなった。

2014年12月頃は多奈崎市の都市地図が停滞し、北洋州へ制作範囲が北進。同月30日には久井市の制作が開始される。

2015年1月に入ると全国地図の作り直しが行われ、一部古い設定を継承しながらも新しい全国地図の設定が作られた。

2015年5月上旬には妻上県の手書き広域地図(1:800,000)が制作された。この地図は手書き(1:4,000,000)→PC(1:800,000)→手書き(1:800,000)と一度パソコンでのトレースを経てから再び手書きをするという初めての方法が取られた。

2015年5月13日、いばらの研究所データ損失事故が発生。多奈崎市をはじめとする地図のsvgデータや市町村の人口・面積統計等、日出国の地図・設定資料類の多くが取り出し不可能に陥る。幸い、多奈崎市・久井市の地図データはPDFファイルとしてUSBに保管してあったためにベクタデータでの地図の消失は免れたものの、PDFからSVGへ変換する作業等で多くの時間を費やされることが予想される。また当時東日地方全市町村の人口・面積データが当該マシンに入っておりバックアップが無いため、当Wikiに掲載されていない統計データ等はすべて設定し直しとなった。

制作第5期(2015年5月~2017年5月、データ損失事故後)

データ損失事故後、それまで着手していた地図データの編集は一度休止となり、未着手だった領域における手書きでの測量が開始された。 またそれに応じて、前述のデータ損失事故を免れた広域地図が、縮尺を1:400,000に変更のうえで再製作(再測量)が行われるようになり、それに基づいて統計データの作り直し等も行われている。

2015年6月1日にはウェブサイトを一新。多奈崎市に焦点を置いた構成に変更され、「日出国プロジェクト」の新たなスタートを印象付けた。

2016年になると、Ranoが今度は大学受験を控えることとなる。高校受験時のようなインターネット上での活動休止体制は取られなかったものの、当時生活そのものが多忙を極めていたこともあり地図や関連創作の制作は第4期までのような速さではいかなかった。2016年9月30日には、ウェブサイト上に広域地図の一部が最測量開始後としては初めて掲載されることとなった。

制作第6期(2017年5月〜、Macbook・Illustrator導入後)

2017年5月、制作環境として新たにMacBook Pro(2016)とAdobe Illustrator CCが導入された。今後徐々に移行が行われる予定であり、2017年8月現在は地図データなどの移動、Illustratorへの最適化などがなされている。2017年7月31日にウェブサイトに追加された「多奈崎エアリ」の空想フロアガイドは、初めてIllustrator上で制作された作品である。

「多奈崎市」の位置づけ

本プロジェクトで一番最初に描かれた街ということもあり、大積県多奈崎市は日出国で最も”古い”街である。そのことから、本作の描写範囲や設定が進行するにつれ、街の設定や位置づけは大きく変化してきた。

2012年8月、日出国の全体像、設定がなされるよりも以前に、「日出国のどこか北の方にありそうな」「中堅地方都市」として多奈崎市の製作が開始された。前述の通り、当時作者のRanoは九州旅行を終えた直後であり、地方都市としての多奈崎市のイメージ像(特に人口や人口密度・商業集積といった都市規模)は当時訪れた九州地方の影響を受けざるを得なかった。多奈崎市は県庁所在地として描かれたことから、なかでも九州の県庁所在地で、且つ地方中枢都市の福岡市を除いた(多奈崎自体が五大都市圏の中枢都市を想定してはいなかったため)ある熊本市・長崎市・大分市や、西日本各地の県庁所在地を参考にしつつ製作されるに至った。(実際、珠屋百貨店の当初のモデルは熊本市の鶴屋百貨店であるほか、2014年段階で多奈崎市の経済規模は鹿児島市と同等なものを想定しているとの言及がある[4]。)

しかしながら、当時は意識していなかったが、日本の地方都市、特に県庁所在地の都市規模は北海道・東北地方などの東日本一帯と、中四国・九州地方等の西日本一帯では都市規模が異なり、西日本の各都市の方が若干だが人口集積の大きい都市が多い。日本でいうところの東日本エリアの都市として(=高緯度地域にある一地方都市として)漠然と製作された多奈崎市であるが、西日本を参考に製作を進めた為、多奈崎は立地の割に人口規模が大きい都市になってしまったのである。(ちなみに2012年当時の多奈崎市の人口は60万~70万と想定されており、九州では熊本市・鹿児島市クラス。東北は最大都市の仙台が約120万人だが、その次に大きいいわき市は約30万人であり、当時の多奈崎のような規模の都市は存在しない。)そもそも当時は、多奈崎市が東日地方で何番目の都市規模・都市圏規模を有する町で、日出全国から見たらどの程度の規模になるか、といったマクロな位置づけは全くされていなかったに等しい。

この原因の一つとして、そもそも作者Ranoの旅行歴が、2015年に入るまで西日本方面に偏っていたことが挙げられる。親戚や親の実家が関西方面にあり日ごろから西日本方面への旅行の機会が多かったことに加え、2012年8月と2014年4月の2度に亘る九州旅行、また2015年5月には四国地方への旅行を実施した一方、北海道・東北をはじめとする東日本方面への旅行は当時、2009年(当時作者小学5年生)に宮城県仙台市を訪れた以外が全くなかった。このことから、東日本に関しては実際に足を運んで現地の雰囲気や都市規模を把握する機会がほぼ無かったのである。加えて、作者の地理的知識や都市規模の感覚も多奈崎市を現在より大規模な都市にしてしまった大きな要因である。現に、それら架空地図描写における"スキル"の獲得が進むにつれ、多奈崎市の設定は徐々に"修正"が加えられていくことになり、2013年には62万だった人口は2014年には約54万人に変更された。

多奈崎市の都市規模を見直すきっかけになったのは、2015年9月に行った作者の東北旅行である。久慈市・八戸市・青森市などを訪れたこの旅行は作者にとって初めて東北地方の地方都市というものを体感・理解する機会となり、東北に目を向け検討する機会になった。この頃、多奈崎市は東日地方2番目の地方都市として位置付けられており、それに相応しい規模の繁華街とそれを支える人口規模のバランス、例えば商業施設数や繁華街、都市の広さのようなものと自治体人口のさじ加減・感覚は、人口約20~30万を有する八戸・青森両市の訪問によってより洗練されることになった。地方都市訪問の経験増加に伴い、熊本・鹿児島のような60~70万都市に大きく影響されていた作者の中の「地方都市像」が徐々に幅広くなっていったとも言える。またこれ以降、旅行の機会を重ねるにつれ、多奈崎市の位置づけも「東日地方2番目か3番目」で「都市圏人口65万前後」として固まりつつある。

年表

  • 2012年8月 - 日出国草案が出る
  • 2012年9月22日 - 地図トレース(Photoshop)開始
  • 2013年1月3日 - 日出国サイトオープン、地図トレース(Inkscape・試作)
  • 2013年5月 - 地図トレース(Inkscape・多奈崎市地図)開始
  • 2013年7月25日 - 一部地図公開
  • 2014年2月10日 - 多奈崎市街のPDF図を公開開始
  • 2014年11月5日 - スクロール地図公開開始
  • 2014年12月29日 - 久井市都市地図に着手。
  • 2015年1月16日 - 全国地図の制作を開始。
  • 2015年5月11日 - スクロール地図更新。地図上にピンを置き、地点の情報やWikiへのリンクなど地図上へのタグ付けを初めて行う。
  • 2015年5月13日 - いばらの研究所データ損失事故発生。人口統計等多くのデータが消失する。制作環境を2代目PC(Fujitsu Lifebook AH42-G)へ移行。
  • 2015年8月26日 - 多奈崎市の概要をまとめた1つのページとして「多奈崎市について」を初公開。
  • 2015年9月22日 - 日出国制作開始3周年
  • 2016年9月30日 - 最測量後、初めて広域地図が公表される。
  • 2016年11月21日 - 当時有していたibrn.netのドメインが不手際で失効。日出国サイトは別ドメイン(mosha2.jp)下にあったため直接影響は受けなかったものの、ibrn.netのメールを利用していたお問い合わせフォームが暫く機能しない事態に。
  • 2017年7月31日 - 制作環境を3代目PC(MacBook Pro 2016)へ移行後、初となる作品を発表

主な制作物

  • 地図
    • 都市地図(1:10,000)
      • 多奈崎市 - 2013年5月~。メインの都市地図であり、現在制作の主軸。
      • 酒島市 - 2013年11月~。現在は公開されていない。
      • 久井市 - 2014年12月~。現在はtwitterを除いて公開されていない。
    • 広域地図(1:100,000)
    • 広域地図(1:800,000)
      • 東日地方全域 - 2014年2月3日~4日にかけて完成。完成後の設定見直しは反映されていない。
    • 広域地図(1:400,000)
    • 全国地図(1:4,000,000)
      • 全域 - 2015年1月~・手書き、東日地方の分に関してはトレースが行われている。未公開。
  • ロゴ
  • フロアガイド
    • 多奈崎フロム・フロアガイド - 2014年11月完成。ウェブで公開中。
    • 多奈崎エアリ フロアガイド - 2017年7月完成。ウェブで公開中。
  • ウェブサイト

脚注

脚注

  1. @ibrn_の2012年9月23日のツイート
  2. @ibrn_の2012年9月26日のツイート
  3. @ibrn_の2012年9月30日のツイート
  4. @ibrn_の2014年1月13日のツイート

外部リンク