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閲覧注意> この記事では、架空の紛争ではなく実際に発生した紛争について記述しています。

この記事は、紛争に関わった当事者自身が執筆に参加しています。執筆者は可能な限り中立的・客観的な記事を執筆する努力を行っていますが、中立性・客観性を実現できていない可能性があります。申し訳ありません。

想凪戦争
戦争: 想凪戦争
年月日: 2015年8月23日16時頃-2015年8月27日15時頃
場所: Twitter
結果: 千織語の創作頓挫
交戦勢力
想像地図研究所 凪霧作者(鮎川)
指揮官
MACHO筋トレ 鮎川氏
戦力
1 1
損害
千織語の創作頓挫
(事実上の第五期構想の頓挫)
地図微修正作業の中断
地図描画速度の低下
不明(なし?)

想凪戦争(そうなぎせんそう)とは、2015年8月23日に発生した、想像地図研究所凪霧作者(鮎川)の2者間の紛争の名称。2者の頭文字をとって想凪戦争とする。

今回、紛争当事者がこのような記事を書くことにしたのは、二度とこのような戦争を起こさないため、その反省点を明らかにしておきたいからである。

紛争発生まで

鮎川氏は、紛争発生前の2015年8月20日に、以下のような発言を行っていた。

千織って全然違うものだと思う。2つの理由がある。1つ目に、言語のタイプが違う。千織って中国語タイプじゃね?客観的に全然性質が違うんじゃないかな多分。2つ目に、千織は「矛盾なく体系的な言語」ではない。凪霧と並び立てられるものだと思わないで欲しい。
私は千織作者がことあるごとに凪霧と千織の共通点を言ってきたのを根に持ってます。聞いてもないし全然共通点とかないのに。これ以降に凪霧と千織の類似点など述べる者はそれが私と凪霧と凪皇に喧嘩を売る行為だと知れ。

紛争発生の直前の、2015年8月23日16時15分、想像地図研究所はこの発言に批判的なツイートを行った。

しかしこんなことを根に持たれているとは我ながら想定外であった。(似ている部分を数個列挙しただけで全面的に類似であると言ったつもりはなかったのだが、なぜか全面的に類似であるという意味に解釈されている件)[1]

第1次紛争発生

鮎川氏は想像地図研究所の発言に対し、以下のような発言を行った。

相手の意図がうまく理解できないならこちらから親切にハッキリと「言ってあげても良い」。敵対宣言する。想像地図作者かつ千織語作者篠永氏を凪皇の敵に認定する。以後の文脈において凪に関連した創作に参加あるいは協力などを要請したり、その希望があったとしてそれを認めることは一切ない。

対する想像地図研究所も、

よろしい、ならば戦争だ。
想像地図研究所は無慈悲な対抗措置として、2015年8月23日をもって凪に対して敵対宣言を行う。今後、想像地図に関連した創作に参加・協力等を要請することを禁じる。[2]
と宣言し、両者は紛争状態に陥った(想凪戦争開戦)。

扇情的な言い争いによる「紛争」が暫く続いたが、想像地図研究所は、「想像地図世界において災害が発生した日付は、作者が何らかの災難に遭遇した日付と同一にする」という旨の創作規定に基づいて、「早津県北部地震に伴う凪駅の被災」という設定を創作した。想像地図研究所側の見解としては、これは単に創作規定に従って粛々と行われた設定の1つに過ぎないものとされているが、他の架空言語作者からは「報復のために、紛争相手の創作する世界と同名の駅を破壊した」という見方をするものもあり、小規模ながら炎上に至った。

しかしながら、想像地図研究所の架空言語創作態勢に落ち度があったことも認めざるをえない事実であり、想像地図研究所はその旨を認めている[3]。その流れから想像地図研究所は、今回の紛争の直接的要因となった千織語の創作一時停止宣言(高樹の決断)を発表した。

またその内容についての謝罪もあり[4]、第1次紛争は(事実上)終結した。

第2次紛争

2015年8月27日、再び散発的な言い争いが始まったが、この戦闘は長くは続かなかった。想像地図研究所が鮎川氏をブロックしたことにより、戦闘は強制終了となった(想凪戦争終戦)。

ただし、戦闘停止宣言は一方的であり、両者の間で正式な講和には至ったものではない。もとより鮎川氏は交戦事実を認めておらず、そもそも想凪戦争は存在しないという見方も存在する。

戦後の影響

千織語の創作一時停止宣言(高樹の決断)は、「一時停止」を前提としたものであり、恒久的な千織語創作の廃止を決定したものではない。しかし、千織語の創作は2016年に入っても再開されておらず、事実上の製作放棄となってしまう可能性が高い。このため、想像地図第五期構想は、事実上頓挫している。

2015年6月から行われている地図の微修正である第一次駅追加作業も、この紛争勃発の影響で後の予定が停止し、再開には数ヶ月を要した。

地図の描画速度も、2015年8月を境に大きく低下し、回復には半年以上の期間を要した。

終わりに

講和がなかったので公式には戦争の勝敗は定義されない。しかし、どう考えても想像地図研究所が大きなダメージを受けており、一方で鮎川氏は交戦事実を認めていないという事実は、想像地図研究所の敗戦と認めざるを得ない。

今回、紛争当事者がこのような記事を書くことにしたのは、二度とこのような戦争を起こさないため、その反省点を明らかにしておきたいからである。この文章を最後まで読んで不快な思いをしたのなら申し訳ない。しかし今後は、常に平和に想像地図の創作活動を進めて行きたい。

想像地図研究所 MACHO筋トレ

脚注

  1. 2015年8月23日 16:15
  2. 2015年8月23日 16:47
  3. 2015年8月23日 20:09
  4. 2015年8月23日 20:28

関連項目